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また1位消えた・・・

 
何故・・・またもや1位が消えた・・・
大隣憲司・本多雄一に続いて松中信彦も・・・
消えたのはすべて1位のばっかだから本当にがっかりする。
 
松中信彦・・・1996年のドラフト2位で新日鐵君津から
          福岡ダイエーホークス現ソフトバンクホークス)に外野手として入団。
1997年・・・入団当初は社会人野球との違い(金属バットの弊害)に苦しみ、
        成績を残せなかった。
1998年・・・2軍で本塁打王を獲得。
1999年・・・選手の退団により一塁手として松中初のレギュラーに定着。
        その年は小久保選手に次ぐ23本のホームランを打ち、
        福岡ダイエーホークス(現ソフトバンク)初のリーグ優勝に貢献。
        その年には日本一にもなる
2000年・・・背番号を26から現背番号の3へ変更そして正式に内野手に転向。
        打撃絶好調で松中自身初の3割30本100打点を記録し、
        シーズンMVPを獲得するものの、
        日本シリーズでは本塁打のみの1安打に抑え込まれ、
         連続日本一を逃す。
2001年・・・打率・本塁打・打点とも松中自身最高を記録する。
        また、この年は松中をはじめ小久保・城島・井口の4人が
        30本塁打越えを達成し、チーム本塁打も203本と
        チーム記録を更新する。
2002年・・・この年に新ストライクゾーンへと変化した影響か、
        レギュラー定着後最低の打率だった。
2003年・・・チーム自体が「ダイハード打線」と呼ばれたこの年は
        3割30本100打点を超え、松中自身初の打点王のタイトルを獲得する。
        なお、100打点を超えた選手がチームに4人(松中・城島・井口・バルデス
        もおり、00打点カルテットと呼ばれた。
        また、この年の日本シリーズ(対阪神)は
        全てホームチームが勝利するという
        「内弁慶シリーズ」と呼ばれたのも記憶に新しい。
2004年・・・レギュラーシーズンで打率・打点・本塁打のタイトル
        (いわゆる三冠王)を獲得。MVPに選ばれた。
        しかしこの年から導入されたプレーオフ制度では
        全くと言っていいほど打てずにチームは敗退。
        レギュラーシーズン1位にもかかわらず
        リーグ優勝を逃すということになった。
2005年・・・膝の状態があまり思わしくなく、指名打者での先発が多かった。
        この年から採用された交流戦では
        セリーグ本拠地球場では指名打者制度が無い為に、
        苦肉の策として入団当初のレフトの守備位置につくことになった。
        レギュラーシーズンは松中自身初の2年連続の本塁打王
        3年連続の打点王タイトルを獲得するものの、
        プレーオフではまたしても全く打てずにリーグ優勝を逃してしまう。
2006年・・・レギュラーシーズン前半は、代打での出場も多かったが、
        交流戦ではやはりレフトでの出場が多かった。
        松中自身は首位打者のタイトルを獲得し、
        その年のプレーオフは活躍したものの、チームはまたしても敗退。
        ワールドベースボールクラシックの代表として4番を打った。
        打率も4割を超え、日本の優勝に大きく貢献した。
2007年・・・この年はけがに泣かされ、規定打席到達の中では
        松中自身最低の成績に終わった。
2008年・・・この年に通算300号本塁打を達成する。
2009年・・・この年より外野手登録となる。理由は指名打者よりレフトを守ってる方が
        打率がよかったからだそうだ・・・
        この年のオールスターでMVPを獲得している。
        この年のクライマックスシリーズはひじ・膝の悪化により治療に専念するために
        出場していない。
2010年・・・手術後の膝の回復が遅れ、昇格後も不調にあえぎ、
        打率が2割5分を切るなど芳しくなかったものの、
        9月最終のホーム3連戦では同点本塁打や勝ち越し本塁打など、
        残り6試合で首位と3.5ゲーム差を逆転した
        奇跡とも言える優勝を後押しした。
        しかしクライマックスシリーズではまたしても打てず、チームは敗退した。
2011年・・・指名打者での出場が多く(レフトでの起用もあり)
        カブレラや小久保・オーティズとの併用により
        代打出場も多かった。規定打席に到達していないが
        打率は3割を超えている。
        9月の骨折から6割ほどの回復状態ながら
        クライマックスシリーズでの代打初球満塁ホームランは
        今までポストシーズンを負け続けてきた
        負の呪縛を解き放ったかのような
        満塁ホームランだったことは記憶に新しい
        
           以前同じ内容で出したものに
           多少加えてあくまでもblogram用の記事ですが・・・・・
 

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